時宗 教浄寺  
 

岩手県盛岡市 時宗 教浄寺 ブログ 「教浄寺の四季」

 
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教浄寺と宮沢賢治のゆかり  寄稿 吉見正信
時宗擁護山無量院教浄寺は、宮沢賢治(1896−1933)が、盛岡高等農林学校への受験勉強のため、大正4年(1915)1月から4月に入学するまで、本堂西側の書院に下宿したゆかりの寺である。

僧の妻面膨れたる、 飯盛りし仏器さゝげくる。
(雪やみて朝日は青く、 かうかうと僧は看経。)
寄進札そゞろに誦みて、 僧の妻庫裡にしりぞく。
(いまはとて異の銅鼓うち、 晨光はみどりとかはる。)

この詩碑に刻された文語詩は、「文語詩稿五十篇」のうちの一篇である。賢治文語詩には、作品題名のないものが多い。したがって、この詩も冒頭詩句「僧の妻面膨れたる」をもって、題名代りに呼びならわしている。
この定稿のほかに、「下書稿(一)」「下書稿(二)」「下書稿(三)」があり、内容的には大きな差異はないが、教浄寺に関する文語詩は、定稿と合せて四篇が詩作された。
なお、賢治文語詩には、この作品が収められている「文語詩稿五十篇」以外に、「文語詩稿一百篇」、「文語詩稿未定稿」などがある。
それらのうちで、「僧の妻面膨れたる」詩が収められた、「文語詩五十篇」の束の表紙には、

「文語詩五十篇
本稿集むる所、想定まりて表現未だ足らざれども
現在は現在の推敲を以て定稿とす。
昭和八年八月十五日」

と記されている。
その期日からは、この教浄寺文語詩は、死期(九月二十一日)迫る病床にあって貫徹された、必死な営為の結晶とされる詩韻が看得されよう。
また、教浄寺に関しては、「文語詩篇」ノートの十三頁に

   20       1915
  一月  教浄寺
  <鐘うち鳴らす朝の祈り 教浄寺の老僧
  光明偏照十方世界、おはりに法師声ひくく
           つひにmammonを
  次には鳴らす銅の鐃 脉 こそ祈りけり

のメモが記されている。メモ中の「鏡」の字の音は(にょう)。
「光明偏照十方世界」は、『観無量寿経』における偈の一片で、現在も教浄寺本堂の両柱に、「光明偏照十方世界 念佛衆生摂取不捨」の、金箔で刻字された聯冊が掛けられている。
もちろん当時のものではなく、何度目かその後新調されたものながら、賢治が目にした位置のままのはずである。それがメモされていることは、安置された御本尊の「阿弥陀如来の慈悲はあまねく十方世界におよぶ」という偈文の印象が、賢治の日々に強烈に灼きついて消えなかったからであろう。
作中の「僧」は、當山第五十三世住職の、又重琢眞和尚(1848-1930)であり、「僧の妻」は陽夫人(1859-1941)である。
作品は、寺における日常の「看経」(おつとめ)の様子が、朝の清澄さの中で、平静真摯な文体で、定型彫琢されている。
「かうかうと僧は看経」とあるように、一心不乱な凛とした気迫が堂内に満ち、それを全身に浴び賢治の一日は始まっていたのであろう。
「僧の妻面膨れたる」も、おっとりとして豊頬な人となりが、「さゝげくる」から「しりぞく」に至る、恭々しきかしずきの挙措に彷彿とする。
そうした本堂における「看経」のごとく、受験生賢治の日々もくり返えされていたにちがいないことがうかがえよう。
やがて、賢治の志望は貫徹され、四月六日、盛岡高等農林学校農学科第二部に、首席入学を果した。
二十一世紀へのかぎりない未来感あふれる《賢治世界》のかがやきを思うにつけて、それへの第一歩とされる、盛岡高等農林学校に合格・入学しえたことはまた、教浄寺で目にした、「光明偏照十方世界」の法縁のたまものでもあろうか。

吉見正信(よしみ まさのぶ)
1928年 東京都杉並区に生れる。
大東文化学院(現大東文化大学)中国文学科卒。
岩手県下の高等学校教諭・岩手大学非常勤講師を経て、現在、富士大学非常勤講師。
宮沢賢治学会発起人・理事を経て、現・岩手史学会評議員・岩手農民文化賞選考委員長。
=著書=
「宮沢賢治の道程」(八重岳書房刊)
「雫石と宮沢賢治」「イーハトーブへのいざない」ほか。
【2008.09.25 Thursday 21:12】 author : kyojoji
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この記事に関するコメント
はじめまして
宮澤賢治の詩を愛読する者の一人です。
現地に行ったことはありませんが、詩碑の写真を拝見しました。
「僧の妻面膨れたる」の詩碑を見ますと、寄進札そゞろに詠みて、という部分の漢字に誦の字が使用されているようですが、どうしてことなる文字が使われる様になったかお教えください。またどちらが作者の意図するものであるのかも合わせ教えてもらいたいと思います。
| 六尺 | 2011/01/17 8:54 AM |
コメントありがとうございます。
「誦」が正しい字です。このページの「詠」がミスタイプでした。お詫びして訂正致します。
| 松尾正弘 | 2011/01/17 9:19 AM |
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